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特別講演会「イスラームと教育」

 本センターは、2013年12月5日(木) に、中国のイスラーム系民族とタイのイスラームの人々の共通点と相違点について議論する特別講演会を開催いたしました。

 講演会では、王建新氏、小河久志氏より、国家(政府)の宗教教育への介入の様子と、それにより日常生活の中でイスラームの役割や機能がどのように変容したのか、当事者のイスラーム信仰、ムスリムアイデンティティにどのような影響を与えたのか、ということについてご報告いただきました。両氏の報告はともに長年に渡る人類学的フィールドワークで得られたローカルな一次資料に基づくもので、説得力のある内容でした。

 王建新氏は、新疆ウイグル自治区の東部に位置するトルファン盆地をめぐるウイグル族のイスラーム教育を考察対象とし、1949年の中華人民共和国成立前後でそれがどのように変容したかということについて、地域社会の背景、宗教指導者、イスラーム教育の制度、イスラーム教育施設の点から1949年前後の状況の比較を行い、報告をしてくださいました。

 1949年以降、ウイグル族のイスラーム教育は、国家の教育制度からは排除されて民間で行われる教育となったと言います。加えて、政府行政管理の下で機能上の縮小が見られ、倫理道徳の教育という性格が濃くなり始めたそうです。他方で、「風俗習慣」として存続させようとする動きもあり、これが場合によっては一定の政治・社会的役割を担うことがあるものの、それがすぐに反体制的あるいは全体的無神論イデオロギーと対抗することになるわけではないと述べられました。

 小河久志氏は、タイにおけるイスラーム教育の発展の過程を、国家やイスラーム復興運動団体といったナショナルなレベルの外的諸力との関係から描き出すとともに、そのことがムスリムの社会・文化に与える影響の実態について報告してくださいました。

 学校教育制度外のイスラーム教育に、「クルアーン塾」、「モスク宗教教室」、「ポーノ(pono)」があることに加え、学校教育制度内にも国公立小学校・中等学校でムスリムの生徒がいる学校ではイスラーム科目が開講され、国家の介入によりポーノが改編されてできた私立イスラーム学校も存在すると言います。これは、ポーノを深南部で続くマレー系ムスリムによる反政府武装運動の温床とする政府の認識からです。このようなイスラーム教育の多様化により、小河氏のフィールドの村では、各機関の関係者が相手機関の教育内容や教育方法の違いなどを理由に自身の属す宗教教育機関とそこで教えられる知識をイスラーム的に「正しい」ものと主張し、対立する動きを引き起こしたと言います。このように、ムスリムが少数派のタイにあってイスラーム教育は、国家やイスラーム復興運動団体等のナショナルなレベルの外的諸力の関与が進むことで拡充しているということでした。ムスリムのイスラーム理解が進む一方、彼らが習得するイスラーム知識は多様化しているとまとめられました。

 2つの報告を受けて、コメンテータ(本学国際関係学部 林芳樹、富沢寿勇)から、公教育と宗教教育との関わりや、ハラールの事例を取り挙げながら、国家がイスラーム的価値観や消費行動に関与していく状況等について意見が述べられました。加えて、受講生の講義後のコメントペーパーには、「日本と違い、多くの国では、宗教が国民のアイデンティティの根源であったり、教育の基礎であったりすると思う。複数の宗教をもつ国での宗教に対する統治は複雑で難しいと思った」、「少数派である以上、国からイレギュラーな存在と見なされてしまうのは仕方のないこともしれないが、だからといって、行政機関が正しい知識を持たずに、また住民の声を聞かずにイスラーム教育政策を改革するのはどうなのかと思った。ただ、ここまで独自の制度を発展させていると、政府が推進する既存の社会制度に組み込むためには多少の強引さを必要とするのも分かるから難しい」等の感想が寄せられました。(文責 奈倉京子)


 本講演会では、ローカル、ナショナル、グローバルなレベルから、中国のイスラーム系民族とタイのイスラームの人々の共通点と相違点について、及び三者のレベルがどのように絡み合っているかということに触れながら、お二人の講師にお話しいただきます。ナショナルなレベルでいうと、中国は社会主義の社会、タイは民主化された社会という違いがあり、イスラームへの干渉の仕方とその理由が異なります。また宗教的マイノリティという立場は共通していますが、それぞれの社会での受け入れられ方も異なります。このような相違について、本講演会ではイスラームの教育の視座から議論していただきます。

  • 日時:2013年12月5日(木)4限(14:40〜16:10)
  • 場所:2107室
  • 共通テーマ「イスラームと教育」
  • プログラム
    1. 報告者1 王建新(中国蘭州大学西北民族学院)「ウイグル族のイスラーム教育の行方:20世紀トルファン盆地の比較を中心に」
    2. 報告者2 小河久志(大阪大学グローバルコラボレーションセンター)「イスラーム教育の発展と社会・文化的インパクト:タイの事例」
    3. コメント 林芳樹
    4. コメント・総評 富沢寿勇
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